脊髄損傷の障害者が健常者のお嬢様と結婚!?親御さんの障害者に対する偏見と戦うには開き直るメンタルが必要って知ってる?

人間誰もが幸せを求めていらっしゃると思います。

その幸せの方法として代表が結婚というシステム。

(結婚だけが幸せの方法だろうか?)

脊髄損傷の障害者であっても想いを寄せるお嬢様と出逢えば結婚を考えるのもごくごく自然な事であります。

(素敵な伴侶との結婚が出来ないのであれば絶対に幸せにはなれない!)

しかし障害者である事でスンナリ物事は進行しません。

管理人が経験した健常者のお嬢様との結婚と親御さまの反対、それに伴う障害者のメンタルへの影響をかなり捻くれた考え方と視点でまとめてみました。

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健常者のお嬢様を伴侶とし結婚を許して欲しいと問うてみたらガッツリ反対された

24歳の頃一度目の結婚でお相手のお嬢様は5歳年上。

このお嬢様とクチビルとクチビルを重ね愛お互いの気持ちを確認しあい親御さまに結婚の許しを請うてみました。

健常者の娘さんを娶りたいとの旨を聞いた親御さんの反応と考え方

娘の幸せを第一に考えたら障害を抱えた人間よりも五体満足な健康な男子に嫁いで幸せになって貰いたい。

例え其方がどんなに人間性に優れどれほどの人格者であったとしても気持ち良く娘を送り出して祝福することは出来ない。

と、このようなお話しを親御さまから賜った。

この答えを聞いた管理人の気持ち

車いすに乗る重度身体障害者が「娘さんを必ず幸せにしてみます!」と、まるでドラマの様な薄っぺらくて空回りな熱い決意宣言をしたところで障害者である現実が変わる訳もありません。

冷静にそして客観的に考えてもわざわざ身体障害者を結婚相手に選ぶ必要はないだろうと自分でも思いますし親御さまの気持ちも理解できます。

かと言って「そりゃそうですよね重度身体障害者ごときが人様を幸せにするなんて思い上がっておりました」と引き下がるワケにも行かないので問題は複雑です。

卑屈な考えに走ると障害者である自分がまるで悪者のように思えてくるものです。

もし自分が障害者で無かったら、もし自分が健常者だったならこんな理不尽な扱いや対応は無かったかもしれない。

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ネガティブな考え方はさらに卑屈な気持ちになり

障害を持つ自分はご婦人を不幸にしてしまう存在なのかとか・・・
どうせ自分なんて幸せになんてなれない。
酷い気持ちになるぐらいなら結婚なぞ望まずにひとり孤独に死んで行った方が楽かもしれない。

そんな卑屈で拗ねた考えが頭をよぎったことは確かであります。

諸手を上げて祝福して貰えるなんてさらさら考えてはいませんが障害者である事でまるで自分の全てを否定されたように思ってしまう。

けれど人間関係は五分五分であるとするならアンタの娘がコッチをメッタメタに不幸にする可能性は無いのか?

もし仮にスンナリ結婚を許されたとしてご立派な其方の娘が絶対にフーリンなんてしないフテー行為なぞしないと天命に誓って言い切れるのか?

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たまたま健常者に生まれてきただけ

地球上の生きとし生けるものそれはひょっとしたら人間にたまたま産まれてきた生命もあり、パンダちゃんに産まれた命なのかもしれないと勝手に考えています。

だからぼくはたまたま人間のぼくであってひょっとしたらケムシのぼくに産まれこの地球に生命を預かった可能性だってあるのです(メイビー)。

世の中には五体満足な健常者に産んで貰ってるのにわざわざ事件を起こして人生を棒に振る戯け野郎もいらっしゃいます。

その一方で健常児では無く、先天的に産まれつき障害を持ちハンディが有りながらも立派に生きておられる方もいらっしゃいます。

その様な方の中には口でペンを取る画家として、書道家として音楽家として芸術的な方面あるいは起業家として活躍されておられるのでご存知の方もいらっしゃるでしょう。もし知らないのなら見識と視野が浅いとしか言いようがありません。

もう少し勉強しましょう。

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障害者だからってナニ?

関連記事→脊髄損傷の機能障害の症状は?

人生どの様に生き抜くかは健常者も障害者も関係ない。

たしかに障害者である事で機会損失があったり病気や怪我のリスクは健常者よりも高く否定できない。

しかし自律的に人生をどの様に生き抜いていくかは自分次第。

その点では健常者も脊髄損傷の障害者も同じだと思います。

障害者である事をしっかりと自分自身で受け止めた上で自分の可能性を信じて努力出来る事を一生懸命に取り組み、人様の支援に感謝しながら生きて行けば、障害者だからどうのこうのと言われる筋合いは無いと開き直りました。

偉そうに言うなと叱られそうですが、たまたま健常者に生まれてきてるだけである事に気付くべきだとも思うのです。

そもそも健常者に産まれたのだって自分のチカラと努力では無いのに障害を持っている人を偉そうに差別したり人生を否定する権利は誰にも無い。

人生は耐久レースの様なもの

私はオートバイが好きなのでオートバイの話題で喩えさせて頂きます。

それは1985年鈴鹿8時間耐久レースでトップを独走していたヤマハワークスチームの平忠彦さんが乗るFZ750に突如マシントラブルが発生。

異変を感じた平選手はグランドスタンド前にマシンを停止させ駆けつけたピットクルーに指示を仰いだ後マシンを走らせる事なくそのまま跨がっていた車体から降りてリタイアとなります。

そのタイミングはレース終了まで残り約30分の時点でした。

レースを見守る誰しもが平忠彦/キングケニーロバーツペアが優勝間違いなしと思っていたのにリタイアなんて予想しただろうか?

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未来はわからない

アンタが健康で長寿を完う出来るなんて誰が保証しますか?

アンタの娘や息子が結婚して産まれてくるお孫さんが絶対に健常者で生まれてくる保証はありますか?

お孫さんが交通事故に遭ってしまい脊髄損傷になってしまったら健常者の立場で一方的に障害者が立派に人生を生き抜く可能性を否定出来ますか?

もしかしたらアンタ自身が障害者になる可能性だってあるし、呆気なく病気で死んじゃうかもしれません。

テメー人の不幸を望むなんて不届き千万叩き斬ってやるとお怒りかもしれませんが絶対無いと言い切れますか?

否定出来ますか?

提案!自分の事として考えてみる

誰しも今は健康だけどもしかしたら障害者になる可能性は否定出来ないと思います。

この様に考えると障害や不自由を抱える人たちの問題は今健常者で過ごしている人の問題でもあるワケです。

従ってみんなの問題としてバリアフリーの問題や障害者への理解を深めることを出来れば愛に溢れた社会になるのではと思うのですが如何でしょう。

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いささか論理と思考が一方的で過激な考え方があったかもしれません。

けれど今現在この記事を読んで頂いている障害をお持ちの方で周囲の理解が得られずに悩んでおられる方の一助となれば嬉しい限りです。

最後に

冒頭の健常者さまとのご縁談の顛末について

お相手のお嬢様と私は親御さまの結婚の許しは得られませんでした。

しかし反対を押し切り我々は結婚致しました。

が、色々とあり結局そのお嬢様と上手く行かず離婚となりました。

離婚の原因については詳しく申し上げるのは勘弁して頂きたいのですが自分の障害の症状が起因することでは無いと申し上げておきます。

その後、先方のお嬢様も私も伴侶さまを見つけてめでたくやっております。

みなさまにも素敵な伴侶さまに出逢われる事をお祈りします。

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ABOUTこの記事をかいた人

オートバイ事故で脊髄損傷の障害を負うことになり車いす生活を送っています。 車いすの生活は2020年現在で34年目を迎えました。 このブログはぼくの車いす人生のなかで全力で取り組んできた経験や出来事をまとめています。 脊損のぼくが全力で経験してきたことを紹介するという意味でブログのタイトルを【全力脊損】としました。 どうぞよろしくお願いいたします。 プロフィールページで触れていますがぼくはギターや音楽にも長年親しんできました。 ゴリゴリの昭和世代のためにいまでもレコードプレーヤーで音楽を聴いていますが音楽関連のガジェットにも興味があり気にいったアイテムをブログでレビューしています。 30年間の脊損人生でチャレンジしてきたことをこのブログでお伝えできればと思っています。 >>>プロフィールはこちら