車いすでモトリークルーのライブを通路で観せられた屈辱とボディコン姉ちゃんの優しさ

今から20年ほど前にヘビメタファンだった私は当時つるんでいたお友達(ツレ)と大阪城ホールでモトリークルーのライブを観覧した時の出来事です。

無事に大阪城ホールに到着し不本意な条件ではありましたが一応、モトリークルーのライブが終了した時にその出来事が起こりました。

この件については記事後半あたりのご説明になります。

モトリークルーとは?

80年代の洋楽好きの方ならバンド名ぐらいは記憶にあるのではと思うモトリークルー。

このバンドは過激なパフォーマンスといかにもヤバそうな4人のメンバーがレザーのコスチュームを身につけヘビーでキャッチーな音楽を創りあげました。

ロックバンドやヘビメタの花形と言えばやはりボーカルやギタリストがバンドの華を飾る役割りですが、このモトリークルーはそう言う意味では少し異色の存在でありました。

僕が見立てたメンバーの印象と個性

なぜならドラムス担当のトミー・リーはライブのソロパートでドラムセットがグルグル回転する仕組みの中で迫力のドラミングを披露しぶっ飛んだことをやってのけます。

リズムセクションとしての相棒のベースを担当するニッキー・シックスはトミー・リーと共に抜群のルックスと長身を誇り、テクニックとソングライティングでバンドを引っ張ります。

ギタリストであるミック・マーズは寡黙な職人という印象でパッと見の派手さは無いもののテクニックとリフ作りのセンスでモトリークルーの楽曲クオリティを支えています。

最後にボーカルのヴィンス・ニールはよくあるメタルバンドにありがちなハイトーンボイスではありませんが彼の歌声なしにモトリークルーのボーカルは考えられないとニッキーシックスは語っていたとされている。

大人気バラード曲のホームスイートホームはヴィンスニールのややウエットなトーンがぴったりハマる代表曲のように思います。

個性豊かなメンバーと才能で人気を博したモトリークルーですが活動休止や再結成、メンバーの脱退など繰り返すなかで最終的に2015年を持ってバンド活動を終了している。

ニッキーシックスは解散を否定しながら活動終了の理由については良い状態で止めておきたいと述べており、長く続けてきた人の心境を垣間見ることができる。

LAメタルとカテゴライズされたモトリークルーと同年代のバンド

昔を懐かしむように、当時モトリークルーを聴いていた頃のバンドをあげてみたいと思います。

ドッケン

ヴァンヘイレン

ラット

キール

ボンジョビ

ホワイトライオン

グレイトホワイト

デフレパード

イングウェイマルムスティーン

などなどのハードロックバンドやヘビーメタルバンドの音源を聴いておりました。

当時はレコードとカセットテープでのリスニングが主流でお金がなかった僕はレンタルレコードのよくお世話になりました。

はじめてCDプレーヤーを見たのは友達の家で確か1986年あたりでした。

その後,CDはレコードのポジションを奪い取り1988年ごろにはレコードの存在はほとんど見かけなくなります。

モトリークルーの大阪城ホールでの出来事

健常者のお友達2人と車いすに乗る僕との3名で大阪城ホールに到着しました。本来なら正面玄関から入場しますが、車いす利用者に配慮があり、裏口から館内に入場させて頂きました。

コンサート会場に案内されると屈辱の事態に遭遇します、チケットはちゃんとS席を取っているにも関わらず、車いすに乗るお客様は通路で観覧せよとのスタッフさまからの仰せでした。

友情に溢れる僕のお友達お二人はじゃあ行ってくるわと僕を置いて自分たちの席へ行ってしまいました。

お前らを楽しませるためにオレのクルマに乗せてやってガソリン代もコッチの持ち出してふざけんなと人間が出来てない僕は心の中で毒づきました。

席までおんぶしてもらい無理やり客席で観ることも出来ますがなんせヘビメタのライブです。

盛り上がってしまうと観客が立ちあがり座ったままになってしまう僕から完全に見えなくなってしまいます。

皆んなが見てる前でおんぶされて客席まで移動するのも抵抗がありました。

仕方なく友情溢れる友を見送りいじけたように通路でポツンと一人観るしかありません。

正直、楽しめないし帰りたかったですが拗ねたみたいに帰る事も出来ず物分かりの良い僕は哀しげな眼差しでステージをボンヤリと見続けました。

そんなこんなで苦痛の約2時間のライブステージが終わりやっと帰らせてもらえるとホッとしたとき、その出来事が起こりました。

なんと突然に二人のボディコン姉ちゃんが話しかけてきたのです!?

ここから僕と姉ちゃんとのやりとりです。

ボディコン姉ちゃん
あのぉーモトリークルーのファンの方ですか?
オフィスKazuhiko
え?あ?はい。まあファンと言えばコンサートに来てるぐらいなんで、まぁファンと言えばそうなりますかね。

とまあ全くハッキリしない返事を宣います。

なぜなら通路でいきなしムチムチの派手派手の良い匂いがしてきそうなボディコン姉ちゃんの二人組に声をかけられて面食らってしまいました。

戸惑いながらもお返事した僕はこれから何が起こるのだろうと身構えているとボデコン姉ちゃんがさらに僕に話しかけます。

ボディコン姉ちゃん
友達がモトリークルーのライブを録音したので送りましょうか?

この様なオファーを頂いたのです。

で、僕はボデコンを着こなすような姉ちゃんに免疫もなく、だいぶんビビってしまい。

なんとなくヤバい雰囲気を感じながらアタマの中でそんなにモトリークルーが無茶苦茶好きでも無いしなぁと微妙な計算をした上で遠慮がちに魅力的なオファーを辞退しました。

おそらく僕に声をかけてくれたボデコン姉ちゃん二人は僕が放り出されていた通路より上の客席でずっと寂しげな姿を気にかけてくれてたのでしょう。

物分かりよく辞退した僕の気持ちを汲み取り、分かりましたと姉ちゃん二人は去って行きました。

そうこうしていると、通路でポツンと放り出されていた僕の気持ちなんか想像すらしないバカ二人が帰ってきて誇らしげにボデコン姉ちゃんが声かけてくれたと自慢してやりました。

もちろんモトリークルーのライブの内容よりボデコン姉ちゃんの出来事が印象深く思い出に残っています。

いまとなっては御礼を伝える方法はありませんがボデコン姉ちゃんのお二人さまに声をかけて頂いて僕は救われました。

ありがとうございました。

やっぱテープを送って貰えば良かったです。

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オートバイ事故で脊髄を損傷し下半身不随の身体で50歳という年齢を迎えることができました。 交通事故で車いす人生を送ることになってしまいましたが30年間の中で色々とチャレンジしてきたことをこのブログでお伝えできればと思っています。 主なテーマはつぎのようなカテゴリーです。 ・障害や脊髄損傷に関すること ・オートバイとサイドカーに関すること ・エレキギターに関すること ・柴犬に関すること ・その他 取り留めない内容をお届けするかと思いますが、よろしくお願いいたします。