【働き方】なぜ日本人は仕事以外の時間にも職場の人間と過ごすのか?その理由は戦国時代を描く大河ドラマにあった!

社会人となって会社へ勤めるようになると飲み会や歓迎会、忘年会など色々と理由を作っては職場での集まりがそれなりに多くなってまいります。

そんな集まり以外にも職場の人たちと休日に集まってどこかへ出かけるレクリエーションがあったり社員旅行も必ずと言って良いほど計画されている事業所さまがほとんどです。

黙って仕事だけしていれば良いのにわざわざ休みの日や勤務外の時間までうっとおしい奴らと飯や旅行なんて最悪ですよね?

でもなんでこんなバカバカしくて非生産的なことを日本人は続けているのか不思議でなりません。

いやいや不思議を通り越して怒りすら感じます。

もしかしたらこの関係性と日本人の感覚は大昔の戦国時代に武士あるいは家臣(社会人・サラリーマン・社員)がお武家さま(組織)に忠誠を尽くした働き方と関係性の流れを汲み実はまだ現代の我々も同じようなことをしているのではないですか?

そうでなければ何故勤務外の時間を使って頻繁に職場の人たちとの集まりを尊重しコミュニケーション(飲みニュケーション?)を交わすのか理解ができません。

この働き方と感覚はすでに戦国時代に完成された日本人特有の考え方なのではと仮説を立てました。

現代の日本人の働き方と意識は戦国時代の武家と家臣の感覚が根底にある。

ジャニーズグループ「V6」岡田准一さんが黒田官兵衛役で主演を務めた「軍師官兵衛」を観てからNHK大河ドラマで描かれる戦国時代の面白さにハマってしまいました。

軍師官兵衛をキッカケに真田丸やおんな城主直虎も続けて見てきましたがどれも面白い作品ばかりです。(花燃ゆは残念ながら挫折しました)

2018年1月からは俳優の鈴木亮平さん出演の「西郷どん」は戦国時代ではありませんがお殿様にお仕えする武士やお侍さんの感覚などこの時代の日本と人間の考え方が汲み取れる作品として面白く見ています。

これまで興味本位で大河ドラマを見続けてきてきましたが、どの作品を見ていてもとにかく家来や武士は主君に対して犠牲の精神を持っています。

さらに戦国時代の武家と仕える家臣との関係性はすごく密接なものがあり、家来と主人という立場を越えて家族ぐるみの付き合いにまで発展しています。

戦国時代にあったこのような武家と家臣の密着した関係性がじつは現代のサラリーマンと組織の関わりの原点であり今でもこの関係性から抜け出せないでいるのでないかと考えます。

まずはその原点と思えるエピソードを大河ドラマからピックアップして見ましょう。

武家と家臣の繋がり

例えば武家で生まれた息子が年頃になるとその武家に仕える家臣から生まれた娘との間で縁組(結婚)が執り行われます。

この行為は政略結婚としての意味はもちろんですが娘や息子を結婚させることで家臣と武家との結び付きをより強いものにとしているのでしょう。

そして縁組みの祝言(結婚式)や祝い事の場所では武家の主人や家来とその家族が一堂に集まり酒を酌み交わし共に喜びを分かち合います。

このような場面は歴史ものの作品には必ずと言って良いほど描かれています。

戦国時代の理不尽な主従関係と犠牲の精神による働き方

先ほどの「軍師官兵衛」やただいま絶賛放映中の「西郷どん」のドラマの内容が史実通りか本当なのかウソ満載なのかはさておきどの作品でも見られる家臣とお殿様の関係性は大体描かれている通りなのではないでしょうかね?

どの作品を見ていても戦国大名となった武将やお家の権限はむちゃくちゃに強大であり強烈に傲慢な立場です。

今さら言うまでもないですが少しでもヘマをしたり歯向かった態度を取るとすぐに切腹だの成敗だのやれ自刃だのと人権もクソもへったくれもありません。

お殿様の命令とあれば従うのが武士としての務めであるのは現代の組織で生きる人間にも通じるものがあります。

当時の武家は超ブラック企業でやってることはまるでヤ○ザ

昨年の「おんな城主 直虎」では井伊家が今川氏滅亡ののちに菅田将暉さん演じる井伊万千代が奉公していた徳川家と織田信長の関係性でも織田家のむちゃくちゃな要求で菜々緒さん演じる家康の正室「築山殿(瀬名)」や嫡男を成敗させてます。

このような番組中の脚色やエピソードが本当かどうかは別にして主君から無理難題を突きつけ家来に労働を提供したりお金を使わせたり家族である人質を出させたり時には一族郎党成敗したりと主君はやりたい放題です。

今なら超ブラック企業どころかもはや北朝鮮レベル間違いなしですが当時はこの関係が当たり前だったのでしょう。

おっそろしい時代です。

日本の僕たち祖先が本気でやってたんですからね。

そしていざ戦さが始まれば徹夜どころか命を差し出して槍働きに励み敵に立ち向かいます。

長時間労働なんてあたりまえでしょうしその間隔すら無かったでしょう。

大河ドラマを見ていても結構頻繁に聞くセリフがあるのです。

「神名を遂げてお仕えする所存です!」

死ぬ気で働きますと宣言しているのですね。

もうみんな狂ってるとしか思えません。

でも面接や入社試験でこれと似たようなことを自分のクチで言ってるんじゃないですか?(言わされてる)

お城の近くに屋敷を構える家臣たちは単身赴任の感覚では?

豊臣秀吉が築城した伏見桃山城付近には武家を示す地名が多く残っているのをご存じですか?

超ブラック企業に勤める武功を立てていくことでしか出世の道がなかった戦国時代にあって主君に使える家来は城に近い距離に屋敷を構えていつでも出動できるように備えています。

ぼくは幼少期に京都市伏見区で育ったこともあり伏見はゆかりと思い入れのある土地です。

京都伏見といえば歴史好きの方には豊臣秀吉の天下統一を成し遂げた徳川家康が居城した木幡山伏見城を真っ先に思い浮かべられるでしょう。

この木幡山伏見城は徳川時代の廃城が決まった後にお城跡一帯に桃の木を植林していたことから桃山と呼ばれ地名にもなっています。

その後昭和の時代に移り伏見城はテーマパーク・遊園地として桃山城キャッスルランドとして名前を変え運営活用されていました。

その存在があったため若い世代?の昭和30年代以降の年齢の方であれば桃山城というネーミングが一番親しみの湧くキーワードなのではないかと思います。

話が逸れてしまいました。

肝心なことはこの桃山城が存在した付近の地名には戦国武将にゆかりのある地名を至る所でみることができます。

主君である豊臣秀吉に仕える家臣や同盟する武家がお城の近くに屋敷を構え生活していたと思われます。

その名残りで地名として残ったのではと歴史専門家ではないぼくが推測いたします。

例えばですね軍師官兵衛で羽柴秀吉時代に信長から中国攻めにて登場した毛利家の地名が伏見に存在しています。

秀吉の家臣となった毛利輝元は屋敷を現在の桃山毛利長門西町あたりに構えたと推定され地名に名を残しています。

他にも秀吉の奉行であった石田三成の地名として「治部町」という地域や上杉景勝の屋敷跡とされる所にはモロに「景勝町」が残ります。

他にも数えきれないほどの武将の名を残した地名があるのですがこれぐらい会社(お城)と社員である家臣の住宅が密接な距離にあったことを考えると現代では考えられないほどの関係性があったのでしょう。

先ほど紹介した毛利輝元さんでいえばご出身は安芸国ということで現在の広島の生まれです。

広島生まれの毛利さん生まれ故郷で広島焼きや牡蠣をのんびり食うとったらええのに豊臣さんに領地を攻められ配下に降るしかなくなりました。

その挙句、毛利家は当家のお城(本社)を残しながら政(まつりごと)のために秀吉の居る京都へ駐在せねばならない状態になっていたと推測され家臣や大名たちは皆同じ境遇だったとされます。

これは現代でいうなら単身赴任みたいなものですね。

会社から辞令がおりたらいくら30年ローンを組んで新築住宅を購入していても転勤からは逃れられません。

もし現代なら「会社辞めよっかな?」と頭をよぎり行動に移せたとしても当時の戦国時代にそんな発想を持つ筈はありません。

しかし今でも似たような感覚が続いているのではないでしょうか?

誰が好き好んで生まれたばかりの赤ちゃんと離ればなれとなり単身赴任を選びますか?

気持ちのどこかで主君(会社)が全てであると我々は支配されているのでしょう。

ですが現実問題、収入を得るためには会社で働かなくてはなりません。

そこでこのような構図が生まれます。

戦国時代
武家に楯突く→謀反→成敗か?配下に下り忠誠を誓うか?→忠誠
現代
転勤/単身赴任→退職/不安→転勤を選ぶ

古い仕来たりから抜け出せない日本人と組織

ここまで戦国ドラマで学んだエピソードを紹介してきましたが何百年も昔の時代にあった組織との関係性がいまだに日本人に引き継がれていると考えざるを得ません。

現在では流石に切腹なんて物騒なことはありませんが、長時間労働や過労死を伝える悲しくやりきれないニュースにはこのような犠牲精神に近い感覚が根深く残ってるのではないかと思うのです。

例えば海外や外国なんて国民や民衆が立ち上がってシュプレヒコールをあげて行進するニュースが取り上げられます。

けれど日本ではそのような行為はほとんど見られません。

何故でしょうか?

武家の傲慢な行為と巨大な武力によって民衆を押さえつけてきた歴と感覚がまだまだ根強く庶民に立場では負の意識として刷り込まれある意味「大人しいという」国民性を作り上げることに成功したのではないでしょうか?

日本人の特徴と戦国時代

日本人の性格や特徴には主に次のような傾向があると捉えられています。

  • 礼儀正しい
  • 挨拶を大切にしている
  • 集団行動と秩序
  • 綺麗好き
  • 時間や約束を守る
  • 仕事熱心
  • 自己主張をしない
  • このような誠実な人柄を持つ日本人は世界的に見ても素晴らしい人格を持っているとは思いますが結局のところ閉鎖的な組織で生きてきた人間の表れではないかとも思うのです。

    無学なぼくが断言するのは由々しき問題でありますが誠実とされる日本人の特徴や人格形成の歴史は戦国時代に当たり前であった理不尽な要求に対する我慢と犠牲の精神が生んだものと考えます。

    この精神と変に我慢強い考え方と風潮が我々日本人の意識に根強くビッチャリネチョネチョねっとりとはびこり抜け出せないでいるのが日本人なのです。

    その結果、勤務が終わって食事へ出かけるのも休日に遊ぶのも職場の人たち。

    幸せな結婚相手と人生の伴侶となる異性を見つけるも職場から。

    めでたく結婚相手となるのは部長の愛娘。

    そして仲人は職場の上司。

    もうやってることは戦国時代と変わらないことをおわかりいただけたのではないですか?

    まとめ・現代人のこれからの生き方

    戦国時代は武家に仕える生き方でしかアイデンティティを確立できなかったのかもしれません。

    では現代はどうでしょう?

    さまざまな働き方やお金の稼ぎ方も浸透し始め今ではビットコイン長者や億り人というワードも存在していますがまだまだ会社に依存?する働き方や感覚があるのは間違いないでしょう。

    しっかりとした意欲や目的をもちやりたいことを明確にすれば企業や会社はある意味「ステージ」や「舞台」となるでしょう。

    しかしそんなビジョンもなく漫然と会社に依存すれば戦国時代のような犠牲を提供する働き方になりかねません。

    戦国時代はもう何百年も前の古い時代の出来事ですが日本人の感覚のなかには絶対にまだ「戦国時代」の精神を引き継いでいると考えます。

    今回の仮説いかがですかね?

    コメントを残す

    メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

    CAPTCHA


    2 × three =

    このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください

    ABOUTこの記事をかいた人




    オートバイ事故で脊髄を損傷し下半身不随の身体で50歳という年齢を迎えることができました。 交通事故で車いす人生を送ることになってしまいましたが30年間の中で色々とチャレンジしてきたことをこのブログでお伝えできればと思っています。 主なテーマはつぎのようなカテゴリーです。 ・障害や脊髄損傷に関すること ・オートバイとサイドカーに関すること ・エレキギターに関すること ・柴犬に関すること ・その他 取り留めない内容をお届けするかと思いますが、よろしくお願いいたします。