【講演レポート】城陽市立古川小学校での障害者理解教育授業の内容と評価

京都府城陽市古川小学校さまから講演のご依頼があり2020年2月25日に生徒さんに車いすフェンシングとの出会いや魅力、障害者の生活についてお話ししてきました。

今回の講演に対応させていただいた経緯としては過去に同じ城陽市の青谷小学校で学校講演に呼んでいただいた際のご縁で再度僕を推薦していただけました。

ありがとうございます。

今回講演を聴いていただいたのは4・5・6年生のみなさんです。

まだ2月後半の冷んやりとする体育館で生徒さんたちはじっくりと僕の話に耳を傾けてくれました。

話ばかりで退屈な講演とならないように生徒さんや先生さまにも問いかけや質問を交え聴くだけ話すだけの一方通行とならないように意識しました。

生徒さんたちの熱心に聴く姿勢と協力していただいた先生のサポートでフェンシングの体験も含めて無事に授業を終えることができました。

ではどんな講演を行ったのか具体的な内容を本文でまとめます。

オートバイ事故で車いす人生がスタート

当時17歳で脊髄を損傷し、突然自由な体を失った入院中での思いと絶望を話しました。

歩くことも走ることも立ち上ることさえ出来なくなった自分の人生を悲観し将来に希望を持つことはできませんでした。

▽脊髄損傷の状態を説明

僕は脊髄の7番8番を圧迫骨折していて損傷した部位から感覚がありません。

つまり胸の下から足のつま先まで皮膚の感覚がありません。

そこでこの状態をイメージしてもらうために生徒さんたち同士で体をつねってもらって体験してもらいました。

▽障害者にはどんなイメージを持つの?

障害を持つことになった本人でさえ絶望するワケです。

障害を持って生きることになった人生にどんなイメージを持たれているのか先生に質問したところ大変そうだとの感想がありました。

生徒さんにも質問を投げかけある日突然、障害を持つことになり歩けなくなる生活をイメージしていただきました。

車いすフェンシングとの出会いで夢を叶える

僕は病院での療養とリハビリ訓練を終えたあと職業訓練を受けたのちに社会復帰を果たします。

しかしオートバイで夢見たレーシングライダーに挑戦できなかった想いが社会復帰しても気持ちをくすぶり続けます。

そんなモヤモヤした気持ちを抱えながら毎日を過ごした10数年後にオートバイで憧れていた世界に繋がるチャンスを得ました。

そのキッカケと出会いが車いすフェンシングであったことを紹介しました。

▼車いすフェンシングってどうするの?

僕が出会った車いすフェンシングを詳しく解説するためにルールや試合の始め方、試合で使われる言葉を紹介しました。

フェンシングの競技種目の説明と種目ごとに使用する剣(ブレード)やユニフォーム、マスクなども持参し紹介することができました。

車いすフェンシングの動きを見てもらうために若い男性の先生に協力していただいて実際にユニフォームとマスクも身に付けてもらいました。

車いすフェンシングの実演として司会の先生を審判役に立て模擬的にフェンシングの試合を実演させていただきました。



フェンシングを生徒さんに体験してもらう

今回の講演のメインイベントは実際にフェンシングを生徒さんに体験してもらったことです。

校長先生に許可をいただき生徒さんを5人選んで体験していただきました。

中には猛烈なアタック(攻撃)を見せる生徒さんもいて城陽からオリンピックに出場するフェンシング選手が登場する日もそう遠くないのではと思いました。




▽勝敗を決めるためにはどうすれば良い?

模擬的な試合の紹介のあと、フェンシングの実践的な作戦を生徒さんたちに考えてもらうこともやりました。

生徒さんに手をあげてもらい、いくつかの有効なアイデアがでたことに驚きました。

今回の体験がキッカケでフェンシングをやって見ようと思う人が出たら嬉しいです。

▽フェンシングの練習方法と魅力

余談的に僕がフェンシングで上達するために取り組んでいた練習法も紹介して生徒さんにも体験していただきました。

自分が感じている車いすフェンシングの面白さと魅力もお伝えできました。

車いすフェンシングの世界選手権出場のため海外遠征を経験する

僕はオートバイ事故で達成できなかったレーシングライダーの夢と世界選手権への憧れを車いすフェンシングとの出会いによって人生を有意義なものへ変えることができたと考えています。

そんな車いすフェンシングで達成できた世界選手権と広州アジアパラリンピックへの出場は僕にとって宝物です。

しかし実際に世界へ出て見るとそこには英語の壁が立ちはだかります。

そこで自分の経験を踏まえこれから海外で活躍を考えている人は単語だけでも英語に関心を持つことをアドバイスしました。

特に芸能人の出川哲郎さんが繰り広げる【出川イングリッシュ】と彼のメンタルは見習うべき物があります。

海外で萎縮しないためには英語と強いハートは必須ですぞ!

締めくくりと質問コーナー【出会いによって素晴らしい人生に変わる】

▽障害を持つ人生が出会いによって素晴らしい体験に変わる

フェンシングの経験がなければ講演に呼んでもらうこともありませんでした。

僕が車いすフェンシングの経験があったからこそ講演に招いてもらったように【何かに】出会うチャンスは誰にでもあります。

そんな言葉で締めくくったあと進行役の先生から質問コーナーがあり生徒さんから障害を乗り越えられた理由などを尋ねられました。

いくつかの質問に自分の経験から付随する理由と答えを述べました。

【質問】障害を乗り越えられた理由は?

  • 気持ちの切り替えができたこと。
  • 自分を心配してくれる親や友達のために前を向いて生きたと考えた。
  • 行動して行けば出会いになり、色々なことに繋がっていく。
  • バイクが好きという気持ちを大事にしていたら車いすフェンシングに繋がった。
  • 前を向くと色々なことが目に入る。
  • 下を向いて気持ちを閉ざすと何も入ってこない。

障害を持つ人生ですが出会いによって素晴らしい体験に変わると考えることができました。

古川小学校の教頭先生から寄せられたお礼の言葉と感想

先日は、4,5,6年生にご講演いただき
ありがとうございました。
車椅子フェンシングの事を
一つ一つ丁寧に教えていただき
子どもたちもよくわかったと思います。
諦めず前向きに努力し続け
第二の夢をかなえられた生き方や
英語の大切だという訴えは
子どもだけでなく私の心にも響きました。

古川小学校 教頭

【古川小学校HP】トピックス学校通信「車椅子フェンシング」

今回の反省とまとめ

今回の講演で反省すべき点としてはもう少し生徒さんや先生に質問と投げかけができていればと思っています。

講演を聞く前とあとの僕に対しての印象も聞きそびれました。

次回はしっかり確認したいと思います。

全体を通しての自己評価としてはギリギリ70点の評価です。

次のテーマとの繋がりがイマイチだったかなーと感じてます。

自分の経験を通して生徒さんたちに届ける機会が得られたのはとても素敵な体験です。

思えばこれまで取り組んできた車いすフェンシングは自分だけのものでした。

世界選手権で優勝したい・・・

パラリンピックに出場したい・・・

そのための努力はしていても目指すゴールと目的は自分のための物でした。

けれど自分の経験が学校授業で役立てて貰える体験となるの非常に嬉しいことです。

自分の経験が世の中で役立つ物になるのは僕の達成感にも繋がります。

障害者になって良かったとは言えないけれど脊髄損傷として歩んだ自分の人生には満足しています。

プラマイゼロで評価するとプラスの方が優っているかもしれません。

これからも自分の障害者人生で体験したエピソードを活かして行ければ思っています。

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ABOUTこの記事をかいた人

オートバイ事故で脊髄損傷の障害を負うことになり車いす生活を送っています。 車いすの生活は2020年現在で34年目を迎えました。 このブログはぼくの車いす人生のなかで全力で取り組んできた経験や出来事をまとめています。 どうぞよろしくお願いいたします。 プロフィールページで触れていますがぼくはギターや音楽にも長年親しんできました。 ゴリゴリの昭和世代のためにいまでもレコードプレーヤーで音楽を聴いていますが音楽関連のガジェットにも興味があり気にいったアイテムをブログでレビューしています。 30年間の脊損人生でチャレンジしてきたことをこのブログでお伝えできればと思っています。 >>>プロフィールはこちら