俳優高橋一生さん演じる小野但馬守政次(道好)は果たして史実通り成敗される悪人だったか?独自の見立て

V6グループの岡田准一さんが出演のNHK大河ドラマ軍師官兵衛から戦国時代のドラマが面白くなり、真田丸に続き今回のおんな城主直虎も楽しく拝見しております。

さてこのおんな城主直虎では城主であり主人公を演じる柴咲コウさんの直虎に次々と問題が引き起こります。

直虎の人間力は周囲を自然と巻き込んでいくその影響力で徐々に家督を受け継いだ井伊谷を再興し始めます。

番組初期の段階や中盤ではまるで学園ドラマのようでしたが8月を過ぎたこの段階ではもう起承転結で言うと転の時期です。

もうションベン臭い筋立てなんてしてられません。

緊張感満載で物語は進行しています。

高橋一生さん演じる小野但馬守政次の役どころ

さあこれまで直虎をご覧になってきた方ならご存知の今川家から井伊の見張りとしての職務を担う目付けの小野但馬守政次の役どころが気になるハズ。

俳優の高橋一生さんがこの表裏の分からない、クールで冷徹、屈性した役を演じています。

ドラマの中では初期の段階から井伊家と小野家の対立は描かれています。

小野政次は父親である吹越満から井伊家との対立関係もそっくりそのまま引き継ぎ家督を継いでいきます。

父親は病死でこの世去る間際にお前はオレと同じ様になると捻くれた事を言い残し死んでいきます。

こんな陰があり屈性した役どころは吹越満ならではと思った方は多いのではと思います。ちなみに高橋一生さんともみ合いの上過失で死亡させてしまう山口紗弥加さんと貫地谷しほりさんの父親である奥山朝利を演じる「でんでんさん」も共演している。ちなみにこの冷たい熱帯魚でのでんでんは無茶苦茶やばい。

小野政直(吹越満)と家督を継いだ小野政次の井伊家に対する行為の数々は既にしっかりと記事にてまとめられているウェブサイトさまが存在し今更こちらでクドクドと書き連ねたいと存じません。

けれどもう一度ざっくりと確認しておきたいと希望される方に向けてこちらなりの表現であげてみます。

オヤジのやった行為

後々三浦春馬演じる直親のオヤジが武田信玄と内通し謀反を企んでると讒言(ざんげん)する。これによりオヤジは成敗。

讒言とは他人を落とし入れるためにウソを言うこと。

チクリより悪いですね。

息子の高橋一生の行為

直親を演じる三浦春馬が徳川家と謀反の疑いありと今川家へ讒言、これにより直親は成敗。

ドラマの中では三浦春馬と高橋一生が話し合った上で徳川家と関わりを持った方が良いとの結論を出したが今川家の罠にかかりこの行動がバレてしまう。

今川家に目付けとしての答えを迫られた政次は苦し紛れに讒言することになる。

徳政令に便乗し井伊家を乗っ取り。

ざっくりし過ぎですがドラマや記述が示す主だった人間性を疑う最悪な行為はこんなものかと。

しかしドラマの政次は中盤までは悪人に徹していますが、徐々に直虎や周囲の家臣たちにも本当はワザと悪人となり今川家を欺き井伊家を守り盾になっているのでは?と言う見方になっていきます。

当然、観ている僕自身もそんな見方になっていきます。

しかし、今川家が武田信玄と徳川家康との同盟軍との戦さになり、井伊家を今川家が乗っ取るためにまたしても徳政令を仕掛けます。

徳政令とは?

借金を棒引き。チャラにすること。もしこの現代で銀行さんが住宅ローンなどをこの徳政令を運用してくれないかとつくづく思ったが、よく考えたらこの制度に近いものが自己破産なのかもしれないとふと考えた。

話が横道にそれて相済まぬ。
ドラマの中では井伊家は井伊谷全てを明け渡すことで借金を相殺している。

そして高橋一生さん演じる小野政次は今川家との混乱に乗じ、直虎と示し合わせ芝居を打つことにする。

自身が井伊城を城代として今川家に迎えられるように動き見事に井伊家を追い出した体を取る。

ネットで溢れる史実考察でも同じように徳政令に乗じ井伊家を追い出した、乗っ取ったと記述されている。

当然、この行為にホンマかな?と疑問を投げかける向きも多く、もしかしたらドラマの中で政次の真の人物像に迫りたい、

あるいは政次は悪人ではなく本当はこの様に考えて行動したのではという解釈が史実に疑問を投げかける形で生まれているのではと思う。

小野政直および政次を記録する史実に対して疑問視する向きとは?

さして興味を持たなければ、ウィキペディアを見てふうんそうなのねで終わってしまうが、ドラマを見ていると感情が入ってくるのでウィキペディアなんてホンマかいなって言う意識で読んでしまう。

できればドラマの様に高橋一生さんは身を呈して今川家から守る家臣でいて貰いたい。

と言う事でドラマの流れと史実を検討しながらそれは無いやろ〜チッチキチィーと言う点を探してみたい。

チッチキチィーが気になる方はこちらを是非どうぞ。

まずチッチキチィーその1

今川家からの目付けとして井伊谷に駐在しながら有りもしない事を讒言しまくる行為は並みの神経では出来ない。

オトンもムスコも井伊家を落とし入れるために嘘を企だて今川家を操り目障りな奴を消し去ります。

本当なら無茶苦茶な悪い奴です。

けど目付けとはいえ井伊谷に一家で暮らし駐在している環境の中、こんな無茶苦茶な事できますか?

それなりに領地の中で互いの家臣や家来が顔を合わせる機会も無くはない。

ではその度におのれぇ主人の仇!覚悟せよ!と刀を抜き合う事態になると思う。

もし侍なら主君に対してその様な行為に至る気持ちを持つハズだし、こんな闇討ちされかねない行為を敵の陣地内で行うのは少し無理がある様に思う。

乱世を生き抜くため裏切りは戦国の常と言う向きもあるなら当然、井伊家だって今川家や小野政直、政次のやりたい放題を野放しにしない筈。

こんな事を本当にしていた、あるいは出来たならもっと早い段階で井伊家は今川家および小野政直に潰されていたと思う。

チッチキチィーその2

今川家と戦さの最中の混乱を利用し今川家目付けとして井伊城の城代へと君臨した小野政次。

でもこの状況と言うのは今川家が徳川家と今にも戦さが始まると言う時です。

城代に就任し、やっとオレの時代がやってきたぞーとニヤニヤする間も無く徳川軍が押し寄せてくるのです。

そうです、このままやれば自分がそれこそ今川家の盾になりお討ち死にするだけなのです。

もし仮に今川家と小野政次の悪巧みで井伊谷を乗っ取りするなら井伊家に兵を出させ井伊が徳川軍と戦わせて利用するだけ利用して使い捨てにするアイデアも出たハズ。

一応ドラマでは井伊直虎は信用でけんから成敗せえとなり、その不信感から徳川軍が攻め入ってくる井伊家が守る領地を預けるのは安心出来ないと言う判断もあったし間違いないだろう。

しかし、政次が取ったこの戦さ最中の局面ではもはや死を意味する。

本当に政次が今川方の家臣として行動したならもっと今川家として武勇を褒め讃える記述があってもおかしくない。

ドラマ中の小野政次は屈性してるがゆえに頭は切れる印象を持つ。

そんなガンガンの悪知恵満載の武将が今川家の盾になりまするーとか言うておめでたく死んで行くとは思えない。

武田信玄や徳川軍との戦さの真っ只で今川氏真に嫌気が指し、土壇場ぎりぎりで数十名もの今川家重臣が武田側に寝返ったとある。

皆が見限る程の今川氏真の言う事をハイハイと黙ってこの悪知恵武将が従うだろうか?

今川氏真のために私が命に代えても井伊家城代としてお守りいたしますとは考え難い。

それに氏真を支えていたオババさまこと寿桂尼が亡くなった事により、バカだし人の言う事を聞かんしもうコイツは(今川氏真は)終わりやろうと、ホンマに悪巧みが出来る武将なら考えたハズ。

ならば、徳川軍が攻めてくる間際に今川家のために政次が井伊家を乗っ取ったと言うのはまず無理がある。

彼に取って何の利益も無い。

見限られた弱体化する今川家からもし魅力的なオファーがあったとしても彼ほどの人物なら絶対に誘いには乗らない。ハズ。

となれば、ドラマの筋立てのように井伊家のために城代となったと言うのが一番自然であり、彼に取って利益のある行動だと思われる。

では何故小野政直、政次は悪者として後世に伝えられたのか?

考察その1

本当に嫌っていた今川方と井伊家方家臣から誤解を解けないまま成敗された。

考察その2

政次が井伊城代となったのは井伊家を守り再興するためだと言っても嘘付きヤロウの印象が強すぎて誰も信じてくれない。

もはやオオカミ少年。

今川家に確認してもオレはそんな井伊家を追い出すような酷い仕打ちを指示した覚えはない。

政次が己の利益のために混乱に乗じて井伊家を自分で乗っ取りやがったのだと氏真は宣う。

井伊家は徳川家に拾って貰った恩もある中で政次を乗っ取りやろうの悪者にするしか無かった。

あるいは反政次派が多すぎて城主直虎がひとり政次を擁護するがチカラ及ばず成敗されてしまいそのまま後世に伝えられた。

考察その3

政次に井伊家を乗っ取らせたという事実を知られたくない今川氏真がなんらかのチカラで徳川家康に働きかけた。

今川氏真が提示した条件は徳川家康に取ってもメリットがある事であった。

このまま汚名を被って貰おうと悪いチカラが働いた。

考察その4

長きに渡り徳川幕府として世に君臨した徳川家。

もうそれは絶対王者。

色々なチカラが働き政次を悪者にするのが徳川家が井伊家を取り立てる理由にするのが最も簡単だった。

(その理由は分からない)

直虎もすでに死んでしまった。

誰も政次を庇うものはいないし、事実を隠蔽し嘘に書き変えても天下は徳川家のもの誰も文句は言えない。

言えば成敗されるだけ。

こうしてネジ曲げられた人物像が後世に伝わった。

まとめ

小野政次は成敗された後、社を建立され祀られている。

無惨にも政次の子供二人も成敗されたとありますが政次以外の兄弟の家系については危機は及ばず、役職に取り立てられたとの記述もあります。

もし本当に悪い奴なら一族成敗されてもおかしくないのではと見解を述べられている記事も拝見し誠に同感です。

断片的な記述やネットの情報でしか判断は出来ませんし、政次の人物像を判断する本当の事を知る術はありません。

でも徳川家が残した記述が本当でないとしたら彼が無念でなりません。

ここまでの記事はあくまで仮説であって想像の範囲ですが政次の残念さを思うと悔やまれないという立場で書いてきました。

彼の無念と成仏を祈ると共にこんにちの平和である日々を過ごさせて頂くことに広い意味でこの世の大先輩に感謝いたします。

最後に小野政次さま他小野家のみなさまにエイエイオーと勝鬨をあげさせて終わりたいと存じます。

みなさま心の中でお念じください。

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オートバイ事故で脊髄を損傷し下半身不随の身体で50歳という年齢を迎えることができました。 交通事故で車いす人生を送ることになってしまいましたが30年間の中で色々とチャレンジしてきたことをこのブログでお伝えできればと思っています。 主なテーマはつぎのようなカテゴリーです。 ・障害や脊髄損傷に関すること ・オートバイとサイドカーに関すること ・エレキギターに関すること ・柴犬に関すること ・その他 取り留めない内容をお届けするかと思いますが、よろしくお願いいたします。