大事なことはオートバイが教えてくれた!【酸っぱい思い出詰まる80年代の名車達】こうして僕は大人になった!!!

時代は80年代。

ある若者は盗んだバイクで行く当ても分からぬまま走りだし…

またある者は愛車のラジエターを洗いオイルを替えてシーサイドの奴らを叩き潰す準備をしていた。

そして仲間をバイクで事故で失いガードレールに花を添え青春に別れを告げ泣いた若者も有っただろう。

僕を大人にしてくれたオートバイ達

昭和の時代に多感な10代を共に過ごした若者はオートバイには青春の全てが詰まっていた。

いまでは若者の車やバイク離れが進み、オートバイメーカーは80年代のような活気さはなくなりもうバイクブームは去りゆき過去の思い出となったかもしれません。

しかしオートバイとの出会いがなければ今の自分は無かったかもしれない。

たくさんの出来事と人生を楽しくさせてくれた思い入れある名車の数々を個人的エピソードを交えてご紹介いたします。

ヤマハ サリアン50(CA50E)



当時中学生のバイク好きだったクソガキの僕の家に親戚のお兄さんが遊びにやってきた。お兄さんは乗ってきた新車のサリアンをクソガキの僕に乗ってきてええでと言いお父ちゃんとパチンコに行ってしまった。

(お兄さんはパッソルがパクられたのでサリアンを購入した)

クソガキは雨が降りしきる春の夕暮れにアディダスのウインドブレイカーを着込みノーヘルで近所の下町を走り倒した思い出のスクーター。

(当時原付はノーヘルで運転オーケーだった)

サリアンの情報

1982に発売されたスクーターでテレビコマーシャルには女優の宮崎美子さんがイメージキャラクターとしてカタログに起用されていた。

当時宮崎美子さんはカメラのCMにムチムチボディに水着をまとい♫いまの君はピカピカに光って〜眩しすぎるほどステキー♫と言う歌詞とメロディーをバックに登場していたので思い出をお持ちの方も多いハズ。

現在の宮崎さんはNHKの連続ドラマ「ごちそうさま」に出演するなど大女優として活躍されており記憶にも新しい。

ヤマハパッソル50

サリアンの記事に登場していた親戚のお兄さんが盗難にあったパッソルがサリアン購入後に無事発見され持ち主であるお兄さんの元に戻ってきた。

もうすでにサリアンがあるお兄さんはクソガキの僕に「乗れや」とプレゼントしてくれた。

ちなみに僕はれっきとした毛すら生えてない中学生だった。

毎日このパッソルで夜な夜な近所を走り回ったが、バイクにはエンジンオイルを補充しなければならないという基本的な知識もないまま乗り倒してエンジンを焼き付かせてしまった。

エンジンを掛けようとしてもなぜキックが降りないのかも分からずバカでノータリンの中学生であった彼は途方に暮れたのであった。

パッソルの情報

むちゃくちゃシブくて綺麗な若い頃の八千草さん

コマーシャルは今ではお年を召されている女優の八千草薫さんが起用されテレビに登場されていた。

走行性能は頑張っても最高速度40キロも出なかった。

しかし当時中学生にとっては40キロというスピードはチャリンコでどう頑張っても体感できない速度である。異次元のスピード領域へと運んでくれたパッソルの能力は凄いものであった。

そしてこのパッソルはやがてパッソーラやジョグへと進化していきます。

ちなみにこの頃はベルーガというスクーターも発売されておりジャズ・フュージョンをフィールドにするサックスプレイヤー/ミュージシャンの渡辺貞夫さんが起用されています。

ヤマハ DT50

僕が乗っていたのはブルーのDT50

DT50の思い出は16歳となり原付免許を取得した僕は中卒で金型を制作する鉄工所へ就職し頂いたお給料で初めて購入したオートバイ。

毎週日曜には朝からオフロード走行を練習に宇治川の河川敷コースへ行きカウンターとジャンプの練習を積み重ね気分はボブハンナやリックジョンソンそのものだった。

しかしコーナリングでカウンターを当てリヤをスライドさせるような練習で転倒してしまいラジエターパイプが付く根元部分を破損させてしまった。

バイクを購入した京都カスノモーターサイクルでこんなバイクでガチガチのオフロードがでける訳ないやろ!と教えてもらいDT君はオフロードを卒業しオンロードに転向する事になる。

オフロードを諦めたDTくんはノーマルタイヤであるブロックタイヤながら久世郡久御山町いもあらいの織商周回場所でスポーツ走行を発揮ハングオンをキメるポテンシャルを披露した。

久御山町の一口(いもあらい)の所在地は現在ヤマト運輸の配送センターになっている

このDTくんは僕にオフロードとハングオンで走る楽しを教えてくれただけではありません。

時には女性のクチビルの柔らかさをも体験する出来事を共にしに、失恋の苦しさをも分かち合ったまるで友達のような存在でした。

こんな甘酸っぱい思い出を作ってくれたDT君は大亀谷の打ちっぱなしゴルフ練習場の坂道頂上付近の道路で自動車と正面からぶつかりフロントフォークが大破。

DT君は廃車となってしまった。

DT50のスペック

2ストロークエンジンのピストンリードバルブ搭載の排気量50ccながら7.2馬力を誇る性能はキビキビとした乗り味を発揮した。

スピード規制のため電子的に60キロ以上のスピードが出ないようにリミッターが働く構造になっていた。

もちろんリミッター解除するレブブースターと呼ばれる社外品配線商品がありコレを配線コネクタに接続するだけで90キロまでスピード増しエンジン性能を最大化する事ができた。

ちなみに同クラスの車両でホンダのMTX50ならば6.5馬力となっていた。

ヤマハ YZ80コンペティションモデル

写真は借り物ですが83年式yz80です

ラジエターの破損でDT君が本格的オフロード走行が出来ないバイクである事が分かった僕は友達のヤンキー先輩が持っていた本格的オフロード車のYZ80を手に入れるチャンスに恵まれた。

手に入れてからは毎週末河川敷までYZくんを押して行きジャンプとコーナリングの腕を磨いた。

練習に行く前日の土曜の夜が待ち遠しく今ではあり得ない灯油タンクでガソリンを買いに行きカストロールで混合ガソリンを作るのが楽しくて仕方が無かった。

しかしこのバイクがなかなかのオンボロ具合でラジエターからの冷却水漏れとストロークの足りないフロントフォークに悩まされた。

確か7万円ほどで譲ってもらった記憶があるがちゃんと払い終えたかも記憶がない。

この所有していたYZ80は正確な年式は認識しておらず自分が16歳の後半あたりに購入しているのでおそらく81年〜83年式の車両と思われます。

特徴はゼッケンの裏側にラジエターが配置される構造になっておりました。

もしお判りになられる方がおられるならご指南頂ければ嬉しく思います。

ヤマハ RZ250R

僕が購入したのはブルーのRZ250R

現在では貴重な存在の2ストロークマシンは排ガス規制により中古車でしか手に入れることは出来なくなった。

当時の馬力規制が導入されるまで2ストクォーターバイクは各メーカー45馬力の性能をマックスに人気を競い合っていた。

このRZ250RはTZRが発売されるまでRZV500と共にヤマハ2ストマシンの頂点に君臨していた。

僕は84年発売のオニギリテール最終型である機種コード1ARとされるRZを購入。

250ccマシンのフルパワー45馬力と前後18インチサイズのホイールを装備した車体は大柄でありながら力強い走りと乗り味。

当時周りの走り屋友達にはHONDAのNS250Fや発売されたばかりのTZR250初期型にスズキのΓ(ガンマ)250 など80年代を代表する名車達と共に時間を過ごしました。

やはりその中でもいちばんRZくんがサイズも大きく悪く言えば重い乗り味だったとも思える。

その正反対の乗り味がガンマ250でフロント16インチにリヤを18インチを装備しアルミフレームの小柄で軽い車体はコーナーでオートバイを寝かせていく時にイン側に余りにもクイックに入りすぎていくポテンシャルに対応できず乗りにくいなあと言う覚えがある。

(慣れと好みの問題でしょうか)

ヤマハTZRはアルミフレームと17インチホイールの軽く小柄な車体とフルカウリングによってストリート的なRZに比べ一気にレーシングマシンレプリカの世界に突入。

TZRの発売によってRZくんは入門的なお手軽2ストマシンと位置づけされてしまう。

しかしRZの持つ2ストらしさと雰囲気はTZRを凌ぐもので全然入門的とは思えないしその排気音はまさしくケニーロバーツさんが走らせたレーシングマシンYZR500そのもの。(言い過ぎか?)

HONDAのNS250についてはコロコロとした排気音が特徴で同じエンジンスペックでフルカウルモデルのNS250Rが存在した。

上位モデルのNS400Rはバイク漫画の金字塔として名高いバリバリ伝説の主人公巨摩郡が乗るオートバイとして登場。

(NSに乗ったのはCB750Fが盗られてしまったから)

NS400Rもいちどは乗ってみたいバイクの一つではあるが仲の良かった友達が乗っていたNS250Fにやはり思い出は詰まっている。

残念ながらKawasakiのKR250だけは身近に乗っている友達が無く思い出も無い。

今ではもう排気音聴くことも実物を見ることも出来ない。

関連記事⇒80年代バイクマンガの金字塔バリバリ伝説の聖ヒデヨシの活躍と夢

そして悪夢の転倒事故が僕を襲う

これからRZくんと走り屋伝説を築き上げようと意気込んでいる所だった17歳の僕は悲劇に見舞われる。

調子に乗り自惚れていた僕は納車後5日目にして滋賀県の花折峠で転倒しRZくんは廃車。

僕は脊髄損傷の障害を負うことになってしまう。

入院中の病院でもうバイクに乗ることが出来なくなったことを思い知った時には大好きだった看護婦さんの前で本当に哀しくて泣いてしまった。

RZに乗りたいと思った出会い

こんな酸っぱくて悲しい思い出のRZくんの存在を知ったキッカケはある一冊の漫画雑誌だった。

中学1生の時にマンガ雑誌の少年ジャンプ連載の「街道レーサーGO」を読み主人公がライディングするオートバイとしてRZくんの存在を知りいつかは絶対RZに乗ると決めていた。

(ちなみに主人公速水剛はRZ350の初期型に乗っていた)

この街道レーサーの作者はサーキットの狼を描いた漫画家池沢さとし氏。

昭和の不良マンガにありがちなエッセンスを取り入れながら無茶苦茶な展開のバイク漫画。

自身が入学している高校の女性教師とバイクで走りに出かけた峠道でチョメチョメをしたいと迫り先生も一度だけよと身体を許してしまう中学生には刺激的な場面が描かれている。

走りのシーンでは走り屋同士の競り合いにあろうことかノーヘルでバトルをする描写があるなどツッコミどころ満載のストーリー。

常識を持ち合わせたつまらない大人になった現在に読み返すと現実離れしたシーンの数々で呆れてしまうが中学生にとってオートバイの世界と知識を広げてくれた貴重な想い入れある作品。

現在の若いオートバイ好きの人達には今の時代には無いバイク漫画の世界に触れる事が出来るこの作品をぜひ読んで欲しいと思う。

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カワサキ 87年式エリミネーター250

入院していた病院で両脚の自由を失ってもオートバイに乗れる方法は無いものかと考えた挙句に思い付いたのがサイドカー。

両手だけで運転出来るように改造すればまたオートバイに乗れるのではと考えた。

その思い付きから8年程経った時に実行に移し手に入れたサイドカー付きの車両がカワサキのエリミネーター250。

周りからは批判も反対意見も耳に入れた。

バイクで怪我をして障害者になりある意味、人生を棒に振ったような事になったがもう一度オートバイに乗りライダーとして復帰することが自分にとって障害を乗り越えた事になるのではとも思い挑戦した。

もちろんオートバイが好きな気持ちは怪我をしても変わらないし乗りたいと言う原動力があるから出来たのだと思う。

バイク事故で脊髄損傷になってしまったのは自分の責任だが自分の事故のせいでバイクはやはり危険な乗り物だと世間に決めつけられるのもオートバイに対してもオートバイに乗る人達にも申し訳ない気持ちだった。

だからオートバイ事故で車いすの身体になった人間がサイドカーとして再度バイクに乗る事が出来れば汚名返上となり少しはバイクは良いものだ素晴らしい乗り物だと言う事のアピールにつながると考えた。

もうエリミネーターを所有してかれこれ20数年が経過し僕の年齢は49歳になってしまった。

脊髄損傷になって良かったとは思えないが色々な意味でバイクの存在が自分の羅針盤であり沢山の素敵な事をプレゼントしてくれたのはバイクの存在である事は間違いが無い。

本当にサイドカーに乗る事に挑戦して良かったと思う。



こちらの記事もどうぞ!

関連記事⇒オートバイの転倒で骨折してしまったのは脊髄だった

関連記事⇒87年式カワサキエリミネーター250サイドカー仕様に乗っています

関連記事⇒初めての250CCサイドカー!購入先とコーナリング方法

2 件のコメント

  • こんにちは


    僕が作った「あの頃はよかった♪」動画です。

    すごく共感していただけると思います。

    • どんちゃんさま

      初めまして管理人のヤスイと申します。

      コメントとご訪問いただきましてありがとうございます。
      システムの判定でスパムへ振り分けていた関係でお返事が遅くなってしまいました。
      申し訳ございません。

      動画拝見させていただきますね!

      今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

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    オートバイ事故で脊髄を損傷し下半身不随の身体で50歳という年齢を迎えることができました。 交通事故で車いす人生を送ることになってしまいましたが30年間の中で色々とチャレンジしてきたことをこのブログでお伝えできればと思っています。 主なテーマはつぎのようなカテゴリーです。 ・障害や脊髄損傷に関すること ・オートバイとサイドカーに関すること ・エレキギターに関すること ・柴犬に関すること ・その他 取り留めない内容をお届けするかと思いますが、よろしくお願いいたします。