87年式カワサキエリミネーター250サイドカー仕様に乗っています

車いすの身体になり、カワサキエリミネーター250サイドカー仕様に乗って20年がたちます。
ミッションとクラッチ操作の構造を工夫し改造を加えすべてハンドル上で操作できるように対応しています。もちろん乗車するのはサイドカー側ではなくオートバイ本体です。

関連記事→脊髄損傷の機能障害の症状は?

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サイドカー

足に感覚がないのでエンジンの発熱で火傷をしないように保護プレートを取り付けていたり、通常のステップでは足を保持することができないのでステップにプレートを溶接してゴムバンドで足首を固定して走行中に足がズレ落ちないようにしています。

17歳でオートバイ事故に会い下半身不随の障害者の人生がはじまりました。しかしオートバイが忘れられずどうにかしてライダーに復帰できないものかと考えた結果(入院中でした)サイドカーを思いつきました。

その思いつきがずっと頭に残ったまま、数年間の訓練生活と社会復帰の道のりを経て、ようやく車いすで就業できる職場へ就職し収入を得られるようになった数年後、やはりオートバイに乗りたい気持ちが強くあり具体的に行動を起こすことに決めました。

ライダー復帰の道のりはまず免許試験場での適正試験相談から始まりました。当然車いすの人間がバイクに乗りたいことを伝えても最初は取り合ってくれませんでした。

けれど自分の場合は、中型免許が自動車免許取得した際などの免許更新の場面で抹消されずに残っていたのです。こうした材料が適正相談を受けるための糸口でありました。

そして一番の問題はクラッチ付のミッション車両のオートバイに乗りたかったことです。向こうの面接官さんは、両足が不随のアンタがどうやって運転するんやという反応でした。

当然そのような疑問はでてくるので、クラッチとミッションを改造するプランを示した設計図を用意していき、説明しました。

そ上で構造変更の申請を陸運局で認可を受けることができたらなら、中型2輪を側車の条件とハンドクラッチとハンドギヤーチェンジの条件で運転しても良いとの旨の免許条件変更を加えてほしいとお願いしました。

たぶん面接官は、陸運局が両足麻痺の障害者がバイクを運転するためのそん構造変更の改造を認可するはずないと踏んだのでしょう。面接官の回答は陸運局から認可を得られたなら条件変更を実行するでした。

その回答をもぎ取り、設計図を握り締め(月並みな表現ですが気持ちはこんな感じでした)陸運局でおそるおそる担当者に確認してみるとあっさり「ええよー」でした。

この報告を担当してもらっていた警察の適正試験係りの面接官の反応は「ほんまに?」って様子でしたが、陸運局が認可したならしょうがないという表情。申請した書類の認可をもらった証明を見せて免許条件の変更が叶いました。

陸運局のほうでは最終的に車両を確認させてほしいとのことで陸運局まで車両を持ち込みOKをもらいました。

ちなみに車両のほうは雑誌の個人売買のコーナーで見つけました。この件はまた別の機会にご紹介します。もし同じように障害をお持ちの方でサイドカーに乗ってみたいけどどうしてよいのか分からない方がいらっしゃいましたらご質問にお答えさせていただきたいと思っています。コメント欄からご遠慮なくお申し付けください。

お読みいただきありがとうございました!

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オートバイ事故で脊髄を損傷し下半身不随の身体で50歳という年齢を迎えることができました。 交通事故で車いす人生を送ることになってしまいましたが30年間の中で色々とチャレンジしてきたことをこのブログでお伝えできればと思っています。 主なテーマはつぎのようなカテゴリーです。 ・障害や脊髄損傷に関すること ・オートバイとサイドカーに関すること ・エレキギターに関すること ・柴犬に関すること ・その他 取り留めない内容をお届けするかと思いますが、よろしくお願いいたします。