両足マヒの障害者がサイドカー付オートバイに乗るために実行した方法

オートバイ事故がきっかけで車いすの人生を送ることになったぼくは入院中に構想を描いていたサイドカーでのライダー復帰作戦を実行しました。

ぼくを【バイク乗り】に戻してくれた単車は日本のオートバイメーカーカワサキ重工のエリミネーター250初期型です(87年式)。

エリミネーターのサイドカー仕様に乗って2020年となる現在ではもう26年目を迎えました。

見た目はもうかなりオンボロですがメンテをしながら維持しています。

日本車って凄いなと思います。

もはや彼(彼女)はぼくの人生を語るうえで欠かせない大事な存在です。

今回の記事では脊髄損傷者であるぼくがどのようにしてエリミネーターに乗ることができたのか?というテーマでバイク免許の問題や車体に加えた改造申請などの法律や制度的な部分の対処方法をまとめます。

ぼくと同じように身体障害を持つ方がバイクに乗りたいけどムリかなーとか、バイクにチャレンジしたいけど気持ちが前に出ないという方の背中を押すきっかけになればと思います。

脊損がオートバイに乗るための課題と問題点

ぼくは両下肢の完全麻痺の障害のために立つことはできません。

脊髄の7・8番を圧迫骨折していますので排泄障害もあります。

関連記事→脊髄損傷の機能障害の症状は?

ですから通常なら足で操作するミッションとフットブレーキに改造を加える必要があります。

こちらの記事でメカの改造について詳しくまとめています。

【関連記事】下半身不随の脊髄損傷者がサイドカー付きオートバイに乗るためのカスタマイズ方法【バイクとの出会いは宝物】

クラッチレバーなどの構造にも工夫を行いすべての操作をハンドル上で対応できるようにしています。

もちろん乗車するのはサイドカー側ではなくオートバイ本体です。

乗車中の写真はこちら
サイドカー

足に感覚がないのでエンジンの発熱で火傷をしないように保護プレートを取り付けていたり、通常のステップでは足を保持することができないのでステップにプレートを溶接してゴムバンドで足首を固定して走行中に足がズレ落ちないようにしています。

さてこうした改造をバイクに施すことになるのでバイク免許の条件違反的な問題が出てきます。

こうした問題をクリアするために先ずは警察の運転免許試験場を訪問しました。

自動車運転免許センターで警察当局に相談

ライダー復帰の道のりはまず運転免許試験場を訪問し相談を行いました。

相談した窓口は適正試験係りです。

具体的な内容を下記に示します。

  • バイク事故で下半身不随の障害を持つぼくは中型自動二輪免許を保有している
  • サイドカー付オートバイなら改造を加えることで運転が可能だ
  • 改造については運輸支局(当時は陸運局と呼んでいた)で許可申請を行う
  • 運輸支局での認可が得られたならばバイク免許の条件項目に改造の旨を加えて欲しい

このような内容で適正相談係りで交渉を行いました。

もちろん車いすの人間がバイクに乗りたいことを伝えても一回目の訪問で担当の係官は取り合ってくれませんでした。

冷静に考えたら当然の反応だと思います。

当時面談してもらった係官さんからは下記のような反応と言葉が得られました。

  • 危険だ止めておいた方が良い
  • ムリにバイクに乗らなくても障害者スポーツとか他にも楽しめることはあるハズだ
  • 改造はどうするんだ?
  • 運輸支局が改造を認可するハズはない

当時を思い返すと係官さんからはこのような反応だったと記憶しています。

当然の反応だと思います。

もしぼくが係官の立場だったらきっと同じ言葉を述べます。

でもこの時の係官さんは決してキツイ言葉で咎めるようなことも無くバカにする口調でもありません。

一度目の相談はほぼほぼバイクをあきらめるような説得で終わりました。

家族にもちゃんと相談してもう一度考えなおしてみた方が良いよと係官さんに諭されて運転免許試験場を引き上げました。

ここでぼくがやっぱり無理かなと思ったら話はおしまいです。

しかしぼくは粘り強く運転免許試験場の適正相談窓口を訪問しました。

一度目の相談は手ぶらでの交渉だったので係官に具体的にイメージさせるようなものがなく説得力に欠けていました。

ですから2度目は具体的な改造イメージができるように図面を用意しました。

図面と言ってもスグに加工に取り掛かれるような寸法が入ったレベルではなくギヤチェンジを手で操作できるようなイメージ図です。

そして今回一番の問題はクラッチ付のミッション車両のオートバイに乗りたかったことです。

担当者さんは、両足が動かないぼくがギヤチェンジが必要なオートバイよりもスクータータイプの車両を検討したら良いだろうとの意見がありました。

この当時ホンダから250ccのビッグスクーター【フュージョン】が登場していました。

たしかにスクーターならミッション操作もクラッチ操作も必要ないので大がかりな改造は不要です。

両足が動かない脊損のぼくにとってはスクーターでのサイドカーは悪いアイデアではありません。

しかしぼくはあくまでミッション車のオートバイに乗りたいのです。

しばらくは担当者とぼくとの間で「ミッション車だ!」「スクーターでも良いだろう!」との攻防が続きました。

おそらく担当者さんはギヤチェンジの操作を手で完結するための構造と動きがイメージできなかったのだと思います。

ムリもないですよね。

当然そのような疑問はでてくるので、クラッチとミッションを改造するプランを示した設計図を用意していき、説明しました。

この運転免許の交渉の時点で購入を予定するエリミネーターの商談も進めていました。

バイクは宮崎県で個人経営されている【甲斐モータース】さんでした。

実車の写真も送ってもらい試験場の担当者さんにも資料として提出し本気でミッション車に乗ろうとしている覚悟を見せました。

その上で構造変更の申請を陸運局で行い、無事に認可を受けることができたなら、中型2輪免許を側車の条件とハンドクラッチとハンドギヤーチェンジの条件で運転しても良いとの旨を免許条件変更を加えてほしいとお願いしました。

たぶん担当の面接官は、運輸支局が両足麻痺の障害者がバイクを運転するための改造を認可するはずないと踏んだのでしょう。

運輸支局の改造認可が下りなかった時点できっと彼は(ぼくのこと)バイクを諦めるだろうと考えたと思います。

担当者さんの実際の判断は推測しかねますがおそらく認可は下りない方向で予想し運輸支局から認可を得られたなら条件変更を実行するとの回答が得られました。

ぼくはその回答をもぎ取った帰り道の車内で喜びの声を上げたことを今でも鮮明に覚えています。

そしてぼくは地域を管轄する運輸支局に実際に出向きます。

運輸支局での改造相談と結果

設計図を握り締め運輸支局の担当窓口でドキドキしながら係りの担当者さんに要望を伝え相談してみると意外にあっさりと「ええんちゃうかな」でした。

たぶん違法な改造を要求する内容でも無く、スピードを出すためのカスタマイズでもなかったので却下する理由がなかったのかもしれません。

運輸支局での判断と見解を適正試験係りの担当者に報告すると「まさか?」という反応でした。

しかし運輸支局が判断したならしょうがないという表情です。

申請した書類で認可をもらった証明を見せて免許条件の変更が叶いました。

運輸支局はいちおう現車を確認させてほしいとのことで申請と認可を終えたあとに実走でエリミネーターを運輸支局まで走らせました。

現車確認のうえで最終的にOKをもらいました。

下半身不随の障害者がバイクに乗ると言い出した周囲の反応

ぼくが車いすの立場でありながらオートバイに乗りたい夢を実現したいと当時勤めていた職場の朝礼で語りました。

興味を持ってくれる人もいましたし、がんばれと応援してくれる人もいました。

もちろんできるワケがないと相手にしない人もいたと思います。

なかでもやってみようと思えたのはぼくが一番信頼していた直属の上司の言葉でした。

「やりたいことならできるときに実行した方が良い!」

ぼくは正直なところオートバイに乗りたい気持ちは確かにあるものの「もし何かあったら死ぬかも?」という恐怖から【やっぱり諦めた方が・・・】と一方では弱気な気持ちを抱えていました。

当時は一回目のお嫁さんと結婚したばかりで家庭を持ったばかりです。

脊損になったバイク事故で自身が死ぬよりも苦しい思いをさせた母親にもまた心配をかけることになります。

さすがに母親にはバイクに乗るようになったことをすぐには報告できずにエリミネーターを手に入れてから10年くらい経過した頃に報告してめちゃくちゃに怒られました。

しかし最終的に母親はぼくがバイクが大好きなことを理解ししぶしぶ承諾しました。

当時のお嫁さんもバイクに乗りたい気持ちを理解してくれて後押ししてくれました。

警察の運転免許試験場で対応してくれた担当者さんも最終的には良かったなと言ってくれました。

記憶は鮮明ではないのですが、試験場までバイクを走らせて実際に見てもらって報告した覚えがあります。

ツーリングに出かけても出会ったバイク乗りの人たちからも興味しんしんで話しかけられることもしばしばです。

バイクによって得られた体験は素晴らしいものばかりです。

良い体験として継続するためにもムリな運転や事故を起こすことだけは絶対に避けたいと思っています。

エリミネーターで走破したバイク旅行の思い出

エリミネーター250がぼくの愛車となってからは健常者ライダーのころに体験できなかったロングツーリングも実行しました。

【関連記事】【ツーリング体験記】車いすユーザーがサイドカー付オートバイで単独フェリー旅を実現した方法

ロングツーリングは単独旅行での計画以外に友達とのバイク旅行も含めていろいろな場所に行きました。

エリミネーターを購入した九州宮崎のバイク屋さんを訪問しながら指宿や桜島をツーリングする単独のフェリー旅も決行しました。

四国に住む友人ができたときは年末の大みそかの船に乗り込み高知県へのバイク旅行も楽しみました。

障害者がオートバイに乗る夢を実現した方法のまとめ!

ぼくはヤマハRZ250Rのオニギリテール最終モデルに乗っていた17歳でオートバイ事故に会い下半身不随の障害者の人生がはじまりました。

しかしオートバイが忘れられずどうにかしてライダーに復帰できないものかと考えた結果(入院中でした)サイドカーを思いつきました。

その思いつきがずっと頭に残ったまま、数年間の訓練生活と社会復帰の道のりを経て、ようやく車いすで就業できる職場へ就職し収入を得られるようになりバイクの夢が実現しました。

この時点でケガを受傷してからおよそ10年は経過していました。

しかしオートバイに乗りたい気持ちが強くあり具体的に行動を起こすことに決めました。

結果論ですがバイクを購入してから26年間、幸いにも事故や大きなアクシデントもなくオートバイライフを車いすの立場で楽しむことができています。

ムリだ危ない止めておけと言われたことを頑張っておいて良かったなと今では思います。

当時はまだ20代の年齢でしたし、勤めていた職場で機械加工の設備を利用し自分でパーツ加工できたことも実現の大きな要因です。

ぼくにとってバイクは単純な乗り物ではなく体験も含めて宝物とも言える貴重な存在となっています。

あと何年健康でバイクに乗れるか分かりませんが、良きバイクライフをエリミネーターと頑張りたいと思います。

今回は以上です。

【関連記事】サイドカーの特性と乗り味!側車付きオートバイのライディング方法と注意点

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ABOUTこの記事をかいた人

オートバイ事故で脊髄損傷の障害を負うことになり車いす生活を送っています。 車いすの生活は2020年現在で34年目を迎えました。 このブログはぼくの車いす人生のなかで全力で取り組んできた経験や出来事をまとめています。 脊損のぼくが全力で経験してきたことを紹介するという意味でブログのタイトルを【全力脊損】としました。 どうぞよろしくお願いいたします。 プロフィールページで触れていますがぼくはギターや音楽にも長年親しんできました。 ゴリゴリの昭和世代のためにいまでもレコードプレーヤーで音楽を聴いていますが音楽関連のガジェットにも興味があり気にいったアイテムをブログでレビューしています。 30年間の脊損人生でチャレンジしてきたことをこのブログでお伝えできればと思っています。 >>>azuhikoのプロフィールはこちら